被爆者で卒業生のサーロー節子さん、ノーベル平和賞授賞式に出席!

2017年10月28日(土)

被爆者で卒業生のサーロー節子さん、ノーベル平和賞授賞式に出席!

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ノーベル平和賞に決まった非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が、12月10日にオスロで開かれる平和賞授賞式にカナダ在住の被爆者、サーロー節子さん(85)が出席すると発表しました。サーローさんは本校中学2年のとき、動員学徒として第二総軍司令部で作業する初日に被爆。姉と甥の死を目の当たりにし、原爆にまつわるご自身の経験を英語で伝える活動を長年続けてこられました。ICANによると、サーローさんは日本在住の被爆者2名、海外の核実験被害者らと授賞式に出席。ICANのフィン事務局長と共に受賞演説を行い、記念メダルと賞状を受け取る予定とのことです。

 国内在住の被爆者2人も授賞式に出席する予定で、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が人選を進めている。〔共同〕

 

今年7月7日に核兵器禁止条約が採択されましたが、ニューヨークの国連本部で

その瞬間を見届けたあと、サーローさんがスピーチをされました。

「各国代表・NGOの仲間・親愛なる友人のみなさま

私はこの瞬間を見届けることができるとは夢にも思いませんでした。私はこの条約交渉に知性と情熱を注いでくださった皆様の素晴らしい仕事と献身に感謝したいと思います。ホワイト議長のリーダーシップに国連事務局、各国代表、NGOの皆様の核兵器廃絶という目標に大きく近づくことに対する献身的な取り組みに感謝します。

私たちはこうして集い、この驚異的な達成を祝っていますが、少しの間1945年8月に広島と長崎で亡くなった原爆犠牲者たちに思いをはせませんか。その後72年間に亡くなった数十万人の人たちに。

彼らはみなそれぞれに名前を持っていました。そしてみな誰かに愛されていました。

私はこの日を70年以上待ち続けていました。そしてその日がとうとう訪れたこには望外の喜びです。

これは核兵器の終わりの始まりです。2014年われわれの多くが一堂に会したメキシコのナヤリットでのことを私は覚えています。議長はこう言いました。「もう引き返せないところにいるのだ」と。

私たちは失敗した核抑止政策に逆戻りはしません。私たちは人間にとって必要のない核兵器に資金を提供することに逆戻りしません。私たちは取り返しのつかない環境汚染に逆戻りしません。私たちは未来を生きる世代の命を危険にさらし続けることはしません。

世界中の指導者のみなさん、私はあなたに懇願します。あなたがこの惑星を愛しているなら、この条約に署名してください。

核兵器はこれまでずっと道徳に反するものでした。そして今では法律にも反するものです。一緒に世界を変えて行きましょう。」